【創業者・相川佳之ドクターについて|湘南美容外科の情報】

美容外科界の革命児

 

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このページでは、湘南美容外科の創設者にしてトップの相川ドクターがどんな方か、調べた結果を報告します。

 

プロフィール

相川 佳之(あいかわ よしゆき、1970年6月9日生)。

 

神奈川県出身。

 

日本大学医学部卒業。

 

麻酔科の研修医として医師のキャリアをはじめ、美容整形大手に勤務。

 

2000年に理想のクリニック経営を目指して独立。神奈川県藤沢市に湘南美容外科クリニックを開院。

 

開業わずか15年で44院を展開する大手、SBCメディカルグループに成長させる。

 

現在、SBCメディカルグループ総括院長。

 

ヒストリー

相川ドクターはどんな家庭に育ったのでしょうか?

 

貧しい家庭

お父さんはスーパーマーケットを経営していましたが、相川ドクターが5歳の時に事業に失敗したそうです。

 

鬱病を発症して働けなくなり、薬剤師のお母さんが小さな薬局を切り盛りして家計を支えたそうです。

 

お金のない暮らしが自分の強さを培ってくれたと、彼は書いています。

 

また、母からは愚直に頑張ることの大切さを学んだ、と。

 

お父さんは状況に応じて気持ちが浮き沈みする繊細な人だったそうですが、いろいろな経験をさせてくれたので感謝しているそうです。

 

低身長のコンプレックス

思春期に入ると、背の低いことが大きなコンプレックスになり、自分なりに研究して背を伸ばす努力をしました。

 

そして、成長ホルモンを処方する医師を見つけて相談に行ったが、「病気ではないので」と何もしてもらえなかった。

 

この時の悔しさが後に美容外科に進む動機のひとつになったそうです。

 

医師の道へ

とにかく、裕福とは程遠い環境に育ちながら、彼は医学の道を志し、無事卒業して医師となりました。

 

麻酔科医としてキャリアのスタートを切りましたが、この経験が後に生きてきます。

 

美容外科医としての修業期間が短いですが、その理由は2つあります。

 

ひとつは、美容外科の裏の世界を見て嫌悪を抱き、自分のクリニックで理想の治療を実現したいと思ったこと。

 

もうひとつは、いつまでも薄給の勤務医を続ける余裕がなく、早く一人前に稼いで、苦労して医学部を出してくれた両親に恩返ししたかったことです。

 

理想のクリニック実現を目指して

こうして2000年に故郷の藤沢市(湘南のある地域)に1号院を開業しました。

 

最初は誰も患者が来ず、チラシを撒くバイトも雇えないので、変装して自らチラシを撒いたそうです。

 

その後、クリニックは伝説的な成長を遂げますが、そのやり口は一言で言うと「グレーな業界にまっとうなビジネスのやり方を持ち込む」ということです。

 

例えば、

 

  • 料金を統一して明示し、相手や状況によって変えない。
  • 手術のビフォーアフターの写真をできるだけたくさん公開する。
  • 手術のアフターフォローをし、保証をつける。
  • 患者の健康と人生に有害と判断される手術は、儲かるものでもしない。

 

・・・といったことです。

 

そんなの当たり前では?と思うかもしれませんが、どれも業界のタブーだったのです。

 

掟破りの正攻法で、湘南美容外科は成長を続け、業界の一大勢力になりました。

 

根っからの体育系人間

相川ドクターはだスポーツが好きで、とても行動的な人物です。

 

高校・大学時代はテニスに明け暮れました。

 

医師になってからも机に向かって研究に没頭するようなスタイルは考えらず、ひたすら体を使って手術に明け暮れることを望みました。

 

そこで選んだのが脂肪吸引。

 

これはかなりの肉体労働であり、場数を踏むほどうまくなる美容診療です。

 

相川ドクターは脂肪吸引に絞り込んで短期間にエキスパートになり、頭角を現しました。

 

脂肪吸引では麻酔技術が重要なので、最初のキャリアである麻酔医の経験が力になりました。

 

最近はジェット機の運転に夢中で、どこまでもアクティブな方です。

 

※以上は「情熱経営」幻冬舎刊など、相川ドクターの著書をもとにまとめました。

 

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